指導教官から、上海博物館蔵戦国楚竹書の第五分冊が
2月21日ごろに大陸で出版されたらしいと聞いた。

第五分冊には『墨子』・『管子』の内容と合致する記述が含まれて
いるらしい。

ここ数ヶ月、子育てに夢中になっていたが、少しづつでも
研究を再開しないと、と少し焦りはじめた。
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出土資料学会に行った。

曹峰氏の発表“「自生」から「自為」へー『恒先』政治哲学
研究”を聞いた。

氏は、「恒先」全体を上篇・下篇に二分し、上篇は宇宙生成論
を述べており下篇は政治哲学を述べているとする。
そして「上篇が宇宙生成論の中の「自生」を述べている目的は、
下篇に見える「自爲」という政治哲学の合理性を導き出すため」
とする。

下篇を政治哲学を述べたものとする解釈は初めて聞いたので
新鮮だった。
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久しぶりに仙台に行った。
指導教官に会い、近況報告と最近読んでいる『上海博物館蔵
戦国楚竹書』第四分冊中の一篇について話をした。

一人で読んだので不安ではあったのだが、やはりダメであった。
指導教官の独特の口調で2時間ほどお叱りを受け、仙台を後にした。

「東京に帰ったらまたがんばらねば・・・」
と思いつつ、新幹線の中では爆睡であった。
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台湾での学会の論文集が届いた。
出席はできなかったが論文は送っていたので、論文集を
わざわざ日本まで送付してくださったのだ。

論文は、日本ですでに発表したもので、タイトルは
「『大戴礼記』曽子天円篇における聖人像」(日本では
『国際文化研究』第11号2004 に掲載) 。

この論文を書いていた頃は独身だったし、結婚後も旧姓を
使うつもりでいたので、雑誌が出るのは結婚後だったが、
旧姓のままにしておいた。

だが、結婚すると名字を切り替えねばならないと大半の人が
かたく信じているらしく、私がいくら
 「結婚後も旧姓を使うつもりです」
と言っても、旧姓ではなかなか呼んでくれない。

だから現在は、旧姓のまま呼んでくれる人と、そうではない
人とが混在している情況だ。

姓を変えると手続き等がヤヤコシイので、可能なかぎり
旧姓を継続して使おうと思っていたが、継続しようとしても、
結局、ヤヤコシイ。
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出土資料関係の研究書が4月20日に出版された。

浅野裕一編 『竹簡が語る古代中国思想―上博楚簡研究―』 汲古選書42 

同日、新書でこれが出版。

浅野裕一著 『古代中国の文明観―儒家・墨家・道家の論争―』 岩波新書 

一般向けなので挿絵などが豊富。かなり楽しめる。

東京に引っ越してから長らく研究から遠ざかってしまっていた。
これらを読んで又仕切り直したい。
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16日ごろ、北京で上海博物館蔵戦国楚竹書の
第四分冊が発売されたという報を、北京に留学中の
先輩から得た。

昨年9月ごろから出る出るといわれ続け、ずっと
出なかった第四分冊なだけに、にわかには信じ
がたい気はするが。

事実なら、来週には日本の書店にもぼちぼち
並ぶことになるのだろうか。
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3月に台湾に行くことになった。
台湾の院生さんたちとの研究会があるのだ。
研究会といっても、論文を出して、口頭発表をせねばならないらしい。

院生同士の気楽な研究会なので、発表するにしても気は楽なのだが、
中国語で発表せねばならないというのを聞いて顔色が変わった。
しかも、中国語で論文を提出するように言われた。

論文なんて、日本語で書くにも四苦八苦しているのに、中国語で
短期間に書けるはずもない。だが、期限は迫っている。

こう追いつめられると人間不思議なもので、「大丈夫やて!」と根拠の
ない自信がむくむくとわき上がってきたり、「絶対あかんてどうしよ~」
とうろたえたり、一日の内に気分がコロコロ変わる。

ちなみに今日は、日中余裕をこいていたので今焦り始めているところだ。
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今日は博士論文中間発表会だった。
博士課程後期2年の秋に必ずやっておかねばならない行事なのだが、
私は1年半留学に行っていた都合から、3年の秋、つまり今日発表した。

発表時間は25分、質疑応答は15分。
25分きっちりで終わるよう、発表の練習をしていたのだが、本番になると
緊張して早口になるせいか、発表は21分ほどで終わってしまった。
その後の質疑応答は15分ほどでなんとか終わり、やれやれと一息ついた。
出土資料を使うというのが珍しいようで、質問は専ら郭店楚簡や上博簡に
関することだった。

私はたいそうな上がり性なので、こういう行事があるとえらく緊張する。
他の院生の発表を聞いていると、慣れた調子でスイスイと喋っている人が
結構おり、ウラヤマシイことこの上ない。
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今日から後期の輪読会がはじまった。
第一回目は、馬王堆帛書巻前古逸書『十六経』の最初の篇、
「立命篇」を読んだ。『十六経』は『黄帝書』の一部であろうとの
見方が大勢を占めている資料である。大雑把に言えば、道家系
の文献だ。儒家系文献ばかり読んでいた私にとって、なんとも
怪しげで奇妙な内容。
冒頭からパンチが効いている。

  昔者、黄宗は始を質(ただ)し信を好み、作(はじ)めて自ら
  像を爲るや、方四面にして、一心を傅(たす)く。

直訳すれば、

太古の昔、黄宗は物事の開始を定め、確実さを好み、初めて
自分の姿を作った。その姿は、東西南北の四方に顔があり、
中央の心を補助するというものであった。

顔は四つだけど、心は一つ。何かの標語に使えそうで使えない。
「東西南北の四方に顔があり中央の心を補助する」の意味が
わからない。が、合議(?)の結果、
四面八眼から入る情報が、心のはたらきを補助する
意味であろうということになった。
ここでいう「心」は、「心情」ではなく「思考」を指すのだろう。
「世界中の情報を収集することで、思考力をより高める」
というほどの意味か。

この後も、奇妙な話が展開される。奇妙でありながら更に自己矛盾
も来しているようなので、整合性をとりつつ読むことは、はなから
諦めねばならない。「うっ、なんじゃこりゃ!」と思いつつ読むことに
なりそうだ。

来週は観篇。
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学会では、北京でお世話になった先生方に久々にお会いできた。
私にとっては、それだけでも非常に意味のあるものだったように思う。

「多元視野中的中国歴史」という漠然としたテーマの学会だった
ので、中国について研究している人なら誰でもOKだということで
学者を世界中から呼んだらしい。
中国はもちろん、日本や西欧から合計140名ほどの研究者が
集まったと聞いた。
この140名が一カ所に集まったのは開会式と閉会式のみで、
それ以外では専門別に12の分科会に分けられ、それぞれで
研究発表及び討論がなされた。

私は先秦の思想史で、出土資料を中心に扱う第一組の分科会に
参加した。
大家の先生方が発表なさった後、中国の院生が発表し、朝9時
から12時までみっちり発表を聞いた。
これほど集中的に出土資料に関する発表を聞くことはないので、
非常に充実した気分が味わえた。
中国語の発表を100%聞き取れていたら、もっとよかったの
だろうが・・・。
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